過日8月31日、あのトウカイテイオーが死去しました。25歳でした。

トウカイテイオーは『皇帝』シンボリルドルフの初仔として1988年に誕生しました。

デビューから無敗で皐月賞・ダービーの二冠を制し、「二代続けて無敗の三冠馬誕生は間違いない」といわれていた矢先に骨折が判明。菊花賞を断念せざるを得ず、三冠の夢は潰えます。

しかし翌年の大阪杯を持ったままで圧勝し、当時王者として君臨していたメジロマックイーンとの対決が注目されました。
ところが迎えた春の天皇賞では距離の壁か長期休養の反動か5着に惨敗。初の敗北を喫します。
しかもここでまたもはく離骨折が判明し、半年間の休養。復帰後ぶっつけの秋の天皇賞でも7着に敗れ、「トウカイテイオーはもう終わってしまったか」とささやかれるほどでした。

しかししかし一月後のジャパンカップでは、『史上最高メンバー』の中で5番人気に甘んじていたトウカイテイオーは完璧な競馬で勝利。破格の存在感を見せ付けました。

ところが次走の有馬記念は絶好調といわれながら見せ場も無く11着に敗れます。(後日松元調教師は寄生虫駆除の虫下しで体調を崩していたことを告白しています)
翌年も宝塚記念を目前にまたも骨折が判明し、結局復活はちょうど一年ぶりとなる1994年の有馬記念まで持ち越されます。
しかもこのときテイオーはすでに6歳(現5歳)になっており、関係者もここでダメならあきらめるという雰囲気だったといいます。

しかししかししかしトウカイテイオーはここでも人々の度肝を抜きます。
自身を含めGⅠ馬8頭が集結した有馬記念で、中団から徐々に進出すると直線では先に抜け出していた一番人気ビワハヤヒデを一騎打ちで競り落とし大復活勝利。すべての競馬ファンが『奇跡』を見せ付けられた瞬間でした。

翌年も現役続行を予定しながら、調教中に4度目の骨折が判明しそのまま引退となってしまいましたが、その存在は今も競馬界の中でひと際輝いていると言えます。

(②に続きます)

2018年12月
« 2月    
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31